大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)865号 判決 1963年10月30日

原告 山後文太

被告 横浜市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告は原告に対し金三十七万八千二百円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、訴外滝川兵庫は昭和二十二年一月十日横浜市鶴見区下末吉町九百五十二番地に周壁を木板及び焼トタンで囲い、屋根をトントン、杉皮及び焼トタン等で葺いた掘立建物建坪約四十九坪を建築し、同建物において船用パイプの修理をしていたが、原告もまた同年三月頃右建物に近接する同町九百五十一番地に木造スレート葺平家建居宅一棟建坪八坪を建築し、家族と共に之に居住した。その後右掘立建物は約三年間廃工場の状態に放置されていたが、訴外間宮国造は昭和二十七年初頃訴外滝川兵庫から之を買取り、訴外有限会社末吉工業所を設立し、その代表取締役として、右建物を、その周壁の焼トタンに大きな穴があいている等廃工場のときの状態のままで同会社の工場として使用し、昭和二十七年二月一日以降槌打及び研磨を主とする自動車用鈑金を含む一般鈑金及び製罐事業を営むに至つた。

かくして右工場建物からは鈑金等の作業により発する騒音が早朝より夜間に至る迄終日高音を以て鳴響き原告方建物は右工場建物から僅か約一メートル二センチの近距離にあつたため原告方建物内においては、当時大学入学試験の受験のため勉強中であつた長男文一の勉学は勿論、家人の対談すら満足にできない有様となつたので、原告は右騒音につき直ちに訴外間宮国造及び同末吉工業所に対して再三抗議したのに拘らず、同人等は之を無視して依然、事業を継続し、昭和三十四年八月二十五日右建物の工場としての使用が廃止されるに至るまで騒音は容赦なく鳴響き、そのため原告は右耳が全く聴取不能、左耳が聴取困難となり、更に神経衰弱に罹る等心身に重大な苦痛を蒙つた。

二、1 しかし、前記掘立建物は、その建築当時既に構造、強度において市街地建築物法に著しく違反するものであつたから、建築基準法第三条第二項所定の既存建築物として同法適用除外の対象となるものでなく、また右建物及び原告方建物の所在区域は昭和二十一年八月復興院告示第一〇二号によつて住居地域に指定され、現在に至つている。それ故、訴外間宮国造及び同末吉工業所が右建物及び後記各建物において鈑金等の事業を営むについては次のとおり建築基準法に違反する諸事実が存するのである。すなわち

(一)  訴外間宮国造及び末吉工業所は右掘立建物及び後記増築後の建物内において容量四百リツトルのアセチレンガス発生器を使用し、且つ原動機を使用する研磨機による乾燥研磨を行つたが、之は建築基準法別表第一(い)三の(一)及び(三)に違反するものである。

(二)  訴外末吉工業所は右掘立建物等において金属厚板のびよう打又は孔埋作業をも行つたが之は建築基準法別表第一(い)一及び(は)二五に違反する。

(三)  訴外間宮国造は昭和二十八年五月頃当時実測坪数約四十九坪の右掘立建物の後部約十七坪五合を取壊して自動車修繕工場の仮名のもとに之に約三十坪を増築し、残存部分を含めて建坪約六十一坪五合(これに差掛七・五坪を加えると六十九坪になる-別紙略図参照-以下増築後の建物という)としたが、右増築前の掘立建物(以下旧建物という)の届出坪数は三十五坪であつたから建築基準法施行令第百三十条によれば右三十五坪の二分の一すなわち十七坪五合を限度として増築しうるのに過ぎないものであるところ、右増築は右制限を超過した違反がある。

(四)  訴外間宮国造及び同末吉工業所は昭和二十七年一月九日鉄工所という名目のもとに旧建物に動力線を引き込み、二十馬力電動機を新設し、昭和三十一年五月頃増築後の建物附近に二十七坪の工場を新築(別紙略図参照)したうえ、同月十二日佐々木三郎名義で右新築工場に動力線を引き込んで五馬力内外の電動機を使用し、同じ頃以降隣接の佐々木自動車整備工場のバラツク建建物約四十五坪(別紙略図参照)をも作業場に当て、更に同年六月二十日には同名義のもとに九坪の建物(別紙略図参照)に動力線を引込み之を使用した。以上は建築基準法別表第一(い)二に違反する。

2 仮に旧建物が建築基準法第三条第二項所定の既存建築物として同法適用除外の対象となるものとしても、旧建物は訴外間宮国造において之を買取る前約三年間廃工場の状態にあつたし、訴外滝川兵庫は旧建物においてアセチレンガス発生器も乾燥研磨機も使用せずして、前記のとおり一時船用パイプの修理をしていたが、之は訴外間宮国造及び同末吉工業所の前記槌打並に研磨を主とする鈑金並に製罐事業とは全く類を異にするものであつたから、訴外間宮国造等において右建物を鈑金等の事業に使用して前記1(一)の行為をなすことは建築基準法第八十七条第二項同法施行令第百三十条第三号第百三十七条所定の既存建築物の用途変更の範囲外のものであつて許されないことである。

三、横浜市建築主事長野尚友、指導係長城井某等建築係員は原告が前記騒音について再三適正措置を取ることを願出たのに拘らず、次のとおりその任務に違背し、右適正の措置を取らなかつたものである。すなわち横浜市建築係員は

1  旧建物は前記のとおりその構造、強度につき市街地建築物法に著しく違反し当然同法第十七条第三号に基き除却、改築、修繕、使用禁止、使用停止その他の必要措置を命ずべきであるのに之をしなかつた。

2  訴外間宮国造及び同末吉工業所の前記建築基準法違反の各事実を知悉しながら故意に長期間之を放置し、昭和二十九年十一月十日に至つて漸く、訴外間宮国造に対して横浜市長平沼亮三名義を以て同法第九条第七項第四十九条に基く前記アセチレンガス発生器の使用禁止の仮命令を発したのに止り、故意になんら爾後の措置を取らないばかりか、原動機を使用する乾燥研磨機の使用その他前記二、1(二)(四)の各違反に対しては故意に之を黙認し、同(三)の違反の増築に対しては自動車修繕工場の虚名のもとに之を認め、且つ旧建物の残存部分と右増築部分との間にはなんら閉鎖工事を施行せしめず、以て造築後の建物等から騒音が外部に響き亘るままに之を放任した。

四、横浜市建築係員が訴外間宮国造及び同末吉工業所の前記市街地建築物法及び建築基準法の各違反に対して各法所定の適正措置を命じたならばその事業より生ずる騒音は十分之を防止することができたものである。しかるに右係員は任務に著るしく違背し、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的とする右各法の精神を無視して、前記のとおり右各違反を知悉しながら適正措置を取らず、以て右騒音により原告の健康に危害が及ぶことを容認助長したのであつて、このことは横浜市建築係員が職務を行使するについて故意又は少くとも過失により原告に対し違法に損害を与えた場合に該当するものというべきであるから被告は国家賠償法第一条により原告が右騒音によつて受けた損害を賠償すべき義務がある。

五、原告は明治三十六年一月二十日に生れ、その家族は妻トク(明治三十七年三月三日)と明治大学文学部在学中の長男文一(昭和七年二月四日生)であり、原告は昭和二十四年にそれ迄二十七年間に亘り勤続した国鉄を退職したものであつて前記原告方建物の所在地は原告が之を終生の地と定めたところのものである。而して前記騒音の為に文一は原告建物内においては勉学ができなかつたので、昭和二十七年二月十日から昭和三十一年九月十三日迄他に間借して別居生活をなすことを余儀なくされたのみならず、原告は前記の肉体的傷害を蒙るに至つたのであつて、原告が本件騒音により受けた精神的苦痛は横浜市建築係員が訴外間宮国造及び同末吉工業所の前記各違反を知つた後である昭和二十八年五月一日以降訴外末吉工業所が増築後の建物の建築基準法別表第一(い)該当の工場としての使用を廃止した昭和三十四年八月二十五日の前日迄一箇月金五千円の割合による合計金三十七万八千二百円を以て慰藉されるのが相当である。

以上の通りであるから原告は被告に対し右金員の支払を求めるため本訴請求に及ぶ、と述べた。

証拠<省略>

被告代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

原告主張の一の事実中、訴外間宮国造が訴外滝川兵庫の昭和二十五年一月一日以前の建築にかかる旧建物を買取り、訴外末吉工業所が之を工場に当て自動車用鈑金の事業を営み、槌打及び研磨の作業をなしていたこと、昭和三十四年八月二十五日に右工場が廃止されたことは認める。訴外間宮国造が旧建物を買取つたのは昭和二十六年十月頃である。原告がその主張の頃にその主張の建物を建築し、家族と共に之に居住したこと、訴外末吉工業所の旧建物における作業から発する騒音が原告主張のように高音に鳴響き、そのために右建物から約一メートル二センチの近距離にあつた原告方建物内においてその主張の如き支障が生じたこと、原告が右騒音について直ちに訴外間宮国造及び同末吉工業所に対して再三抗議したこと、原告がその主張の肉体的苦痛を蒙つたことはいずれも不知。

原告主張の二1のの冒頭事実中、旧建物の所在区域が昭和二十一年八月(正確には同月二十六日付)復興院告示第一〇二号によつて住居地域に指定されたことは認めるが、右建物が原告主張の事情により建築基準法第三条第二項所定の既存建築物に当らないこと及び訴外末吉工業所が原告主張の各建物において鈑金事業を営むにつき建築基準法違反の事実が存したことは否認する。

旧建物は原告主張の市街地建築物法違反の有無を問わず、昭和二十五年一月一日以前に建築されたものであることによつて建築基準法第三条第二項の既存建築物に当るので、同法適用除外の対象となり、更に訴外末吉工業所が之を鈑金等の事業に使用することもなお同法第八十七条第二項但書同法施行令(昭和三十二年五月政令第九十九号)第百三十七条の二第二項所定の既存建築物の用途変更として建築基準法第四十九条第一項の適用除外の対象となり、許されるべきものである。すなわち、旧建物において訴外滝川兵庫が七馬力及び二馬力各一台の電動機を使用して製罐事業を営んでいたところ、昭和二十三年頃訴外中尾喜代松が右設備と共に右事業を引継ぎ、その後に訴外間宮国造が之を買取つたのであるが、その際電動機、旋盤、セーパー、グラインダー等の設備は存置してあり、電動機に対する電力は引続き供給されていたのであるから、仮に原告主張(原告主張の二2の事実参照)のよりに旧建物における製罐作業が一時休止していたとしても、之を以て直ちに廃業と解すべきではなく、したがつて訴外末吉工業所の鈑金等の事業は以前の製罐事業との間に事業の継続性を有し、既存建築物の「政令で指定する類似の用途相互間における」用途変更後の事業として建築基準法第八十七条第二項但書、同法施行令第百三十七条の二第二項、同法別表第一(い)第二号に該当し同法上許されるべきものである。

同二1(三)の事実中、訴外間宮国造が旧建物に対し昭和二十八年五月頃(正確には同月二十六日付確認申請に基く)増改築を施したことは認めるが建築基準法施行令第百三十条所定の増加面積の許容限度は実測坪数を基準とすべきのみならず、右増改築における増築坪数は十二坪五合である(右増築と同時になされた改築坪数は十七坪五合であるが該部分は建物の一部を除却した後従前の用途、規模、構造の著しく異らない建築物を建てたものであるから、建築基準法上之を増築とみることはできない)から仮に原告主張の届出坪数を基準としても建築基準法第五十一条同法施行令第百三十条所定の限度を超えていないものである。

同二1(四)の事実中、訴外間宮国造及び同末吉工業所がその主張の頃二十七坪の工場を新築したことは否認する。

原告主張の二2の事実は否認する。

原告主張の三1の事実中、横浜市建築係員において旧建物に対する市街地建築物法第十七条第三号に基き是正措置を命ずべきであつたことは否認する。建築基準法附則第六項によれば、右規定による是正措置は従前の例により県知事の権限に属するものと解すべく、また旧建物につき市街地建築物法違反の事実があつたことについて横浜市長に対する事務移管上の引継ぎがなされていないので横浜市建築係員において右是正措置を命じなかつたことにつきなんら任務の違背はない。

原告主張の三2の事実中、横浜市長が原告主張の日にその主張のアセチレンガス発生器の使用禁止の仮命令を発したことは認めるが、その余の事実は否認する。アセチレンガス発生器及び乾燥研磨機の使用についてはその使用が建築基準法施行前からであれば、同法第三条第二項により違法ではないが、その認定が客観的に困難な事情にあつたので、横浜市長は先ずアセチレンガス発生器の使用禁止について仮命令書を手交し、次で原動機を使用する乾燥研磨機の使用中止を勧告する措置を取つたところ、訴外末吉工業所はその後アセチレンガス発生器を撤去して、溶解アセチレンガスの使用に切り換え、また乾燥研磨機も撤去し、更に昭和二十八年八月頃同様勧告にしたがつて増改築後の建物の増改築部分について外壁をモルタル塗、内壁を木毛セメント板張りとし、開口部に鉄板張雨戸を設置する等騒音防止のための設備を施して建築基準法第二十三条に規定する構造以上のものとなし、また横浜市長の昭和二十九年八月十二日付勧告によつてその後原告方建物の敷地との境界に万代塀を設置し、その結果遮音効果は原告宅座敷南面戸開放にて七十五ホーン等(丙第三号証中の資料(六))となつたのであつて、横浜市建築係員において原告のいう如く違法を徒らに放置した事実はない。

原告主張の四の事実は否認する。訴外末吉工業所の作業から発する騒音の音源の主なものは鉄板の槌打であるところ、之は建築基準法の規制する範囲外のものであるから、横浜市長の同法上の措置と右騒音の発生との間には相当因果関係はなく、したがつて右騒音によつて原告が蒙つた損害を被告において賠償すべき義務はない。また建築基準法上のアセチレンガス発生器に対する規制は爆発の危険防止を主眼とするものであり、乾燥研磨機の使用禁止は保健衛生上粉塵を防止することを主眼としたものであつて、いずれも音の発生防止を目的としたものでなく、事実上も之等を使用するか、建築基準法上適法と認められている溶解アセチレンガス及び温式研磨機を使用することによつて訴外末吉工業所の作業から発する騒音に著しい差が生ずるとは認められない。すなわち原告建物内における騒音の程度は測定の結果昭和二十七年十一月十一日において七十五ホーンであり、昭和二十九年七月二十六日において四十ないし五十ホーンであり、昭和三十一年七月二十五日において五十二ないし六十二ホーンであるが、この間訴外末吉工業所は昭和二十九年七月二十六日以後昭和三十一年七月二十五日迄アセチレンガス発生器及び乾燥研磨機の使用を停止していたことに徴しても右各使用が騒音の原因でないことは明白である。

原告主張の五の事実中、訴外末吉工業所がその主張の日に増改築後の建物の工場としての使用を廃止したことは認めるが、横浜市建築係員が訴外間宮国造及び同末吉工業所のその主張の各違反をその主張の日以降知つていたこと、原告主張の慰藉料の額は否認する。その余の事実は不知。前記各測定の結果の騒音の程度では通常は身体的障害を生じ、また勉学に支障を来すことはありえない、と述べた。

証拠<省略>

理由

訴外間宮国造が横浜市鶴見区下末吉町九百五十二番地所在建物建坪約四十九坪を買取り、訴外末吉工業所が右建物において自動車用鈑金の事業を営み、槌打及び研磨の作業をなしていたこと、之より先、その所在区域が昭和二十一年八月頃後復興院告示第一〇二号によつて住居地域に指定されていたこと、訴外間宮国造及び同末吉工業所が右建物につき昭和二十八年五月頃増改築(但し坪数の点を除く)を施したこと、訴外末吉工業所が昭和三十四年八月二十五日右建物の工場としての使用を廃止したことはいずれも当事者間に争がない。

そして、成立に争がない甲第三十六及び第三十七号証、丙第二号証、証人和田誠次、同野口幸蔵(一、二回)、同剣持菊夫、同栗原三郎(一部)、同中尾喜代松の各証言及び原告本人の尋問の結果(一部)を綜合すれば、訴外滝川兵庫は昭和二十二年一月十日頃その所有の横浜市鶴見区下末吉町九百五十二番宅地二百二十九坪五合に右増改築前の建物(木造亜鉛葺平家建工場-登記簿上の表示は同町字宮下九百五十四番家屋番号同町ろ二百五十五番の二、建坪三十五坪-以下旧建物という)を建築し、滝川製作所の名称のもとに旧建物に動力線を引き込み七馬力及び二馬力電動機各一台、旋盤及びグラインダー等を使用し、またアセチレンガスによる熔接を行つて配管製罐等の事業を営んでいたことを認めることができ、証人栗原三郎の証言及び原告本人の尋問の結果中以上の認定と異る部分は措信できないし、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。

成立に争いがない甲第十七及び第四十号証、証人中尾喜代松の証言により原本の存在及びその成立を認めうる乙第七号証、証人野口幸蔵(一回)、同栗原三郎、同鈴木松代及び同中尾喜代松(一部)の各証言を綜合すれば、訴外滝川兵庫の右事業は昭和二十四年頃解散同様の状態に陥り作業は途絶え、同訴外人に金融をしていた訴外光産業が事実上旧建物及びその敷地、敷地内の事務所等を占有支配したが、旧建物内の作業はなされないまま放置され、昭和二十六年頃訴外中尾喜代松が訴外光産業から旧建物及びその敷地、敷地内の事務所、附属建物及び諸設備等一切を買受け訴外有限会社中尾鉄工所が旧建物において従業員六、七名を使用し、百ボルト電灯線用のグラインダーを用いて配管、鈑金及び製罐等の事業を営んだが右事業については動力を使用していなかつたことその後三箇月位してその親会社の要求により、訴外中尾鉄工所は事業場を移転するため旧建物の使用を止め、更に三箇月位を経た昭和二十六年九月頃訴外間宮国造は訴外中尾喜代松から旧建物をその敷地等一切と共に、買受けたものであることを認めることができ、証人中尾喜代松の証言中以上の認定と異る部分及び丙第三号証中の資料(一)及び(二)は採用せず、他には右認定を覆えすに足りる証拠はない。

次に、成立に争がない乙第一号証によれば訴外有限会社末吉工業所は昭和二十八年十二月三日設立され、訴外間宮国造は同会社の代表取締役に選任されたことを、また前出甲第十七号証、成立に争がない甲第十号証の二、第十八号証、第四十号証原本の存在及びその成立に争がない丙第三号証中の資料(六)、原告本人の尋問の結果により、原告主張の日に旧建物又は増改築後の右建物を撮影した写真であることその他これに関する原告の主張を認めうる甲第十六号証の一、二、証人和田誠次(一部)、同土屋猛、同野口幸雄(一、二回)、同剣持菊夫、同栗原三郎、同中尾喜代松の各証言及び原告本人の尋問の結果(一部)並に検証の結果(一回)を綜合すれば、訴外間宮国造は昭和二十七年二月初頃から末吉工業所の名称のもとに旧建物において従業員七、八名を使用して鈑金、研磨及び熔接等の事業を営んだが、同人が旧建物を取得した当時、その周壁は所々に穴があいている焼トタンで覆われ、その西側南端屋根下には約一尺の空隙があつたこと、柱は埋め込みの丸太で天井はなく、床は土間、周壁の内側は北側及び西側の約四分の三は木毛コンクリートが張つてあつたが之も所々に穴があいていたこと、また三尺角窓が北側に一箇所及び西側に二箇所設けられ、全体として所謂仮設的建築物とみるべき構造のものであつたことしかるに訴外間宮国造及び同末吉工業所は旧建物に修理を施すことなく、右状態のまま之に昭和二十七年一月九日動力線(二キロワツト)を引込み、総計二馬力までの電動機を据付け定盤四台、容量約四百リツトルのアセチレンガス発生器、ボール盤一台、乾燥研磨機一台(昭和二十八年頃から移動用三台、二分の一馬力電動機を使用する据付け用一台に増加)を備え、前記事業を営んだことを夫々認めることができ、証人和田誠次の証言及び原告本人の尋問の結果中以上の認定と異る部分は措信できないし、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。

前出甲第十号証の二、丙第三号証中の資料(六)、成立に争がない甲第一号証、乙第十号証の六及び証人山後文一の証言並に原告本人の尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和二十三年五月旧建物の西側に隣接する横浜市鶴見区下末吉町九百五十一番地に木造木羽葺平家一棟建坪八坪を建築し、之に妻訴外山後トク、長男訴外山後文一と共に居住したことを認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。

前出甲第十号証の二、第十七及び第十八号証、丙第三号証中の資料(六)、成立に争がない甲第三十九号証、乙第一号証の四、証人鷹取道久の証言により昭和三十二年一月二十五日原告建物内において訴外末吉工業所の作業により発する騒音の録音テープであることを認めうる甲第十四号証の一、二、証人風間敬次、同鷹取道久、同和田誠次、同角田威雄、同土屋猛、同野口幸蔵(一回)、同剣持菊夫、同山本うめ及び同山後文一の各証言並に原告本人の尋問の結果(一回)を綜合すれば、訴外間宮国造及び同末吉工業所の旧建物における主に鉄板の槌打及び研磨作業から発生する騒音は昼休みを除く、朝八時半頃から夜七時半頃まで、時には早朝より深夜に至るまで原告方建物内に鳴響き、その音量は原告方建物内において平均約七十五ホーンに達し、その為原告方建物内においてはラジオの聴取、家人間の対談も十分にできない等その日常生活に相当程度の支障をきたし、原告の長男訴外山後文一は右騒音の為に勉学ができない為、昭和二十七年二月十日横浜市中区日ノ出町一丁目二十三番地訴外山本うめ方に下宿するに至つたことを認めることができ、証人野口幸蔵(三回)の証言中右認定と異る部分は措信できないし、他には右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして、前出甲第十号証の二、第十七及び第十八号証、丙第二号証、第三号証中の資料(六)及び弁明書、成立に争がない甲第十号証の三、第十九ないし第二十四号証、証人和田誠次、同野口幸蔵(一回)、同剣持菊夫、同伊藤知行の各証言及び原告本人の尋問の結果(一部)並に検証(一、二回)の結果を綜合すれば、原告は単独もしくは近隣の居住者と共に昭和二十七年九月十六日及び同年十一月十七日神奈川県知事に右騒音の防止方を陳情したところ、同月十一日同県事業場公害審査委員会事務局、同県工業試験所等の係員が現場に赴き騒音の測定をなし(その結果係員は公害の疑があると認めた)、同年十二月九日にも右公害審査委員が現場を視察し、その外同県(以下単に県という)及びその関係機関等において本件騒音防止のため種々調査及び訴外間宮国造との交渉が重ねられたが、その結果県が計画するに至つた本件騒音の防止案は旧建物の移転もしくは改築、または作業場の新築等建築基準法に関するところが多いものであつたため(右案は同年十二月二十六日訴外間宮国造に通知された)、先ず同法の所轄行政庁たる横浜市長の側において適法に処理された後県において公害問題として処理する方針が立てられたこと、そこで訴外間宮国造は旧建物の一部を取壊し、そこに増改築を施して防音設備が設けられた新作業場を設置し、ここにおいてのみ騒音を発する作業をなす計画を立て昭和二十八年五月二十六日右増改築につき横浜市(以下単に市という)建築主事に対し確認申請をなし、同建築主事は右申請が建築基準法第五十一条(昭和三十四年四月二十四日法律第百五十六号による改正前のもの)同法施行令第百三十条(同年十二月四日政令第三百四十四号による改正前のもの)の規定の範囲内のものと判断して同年六月二十二日之を確認したこと、その結果前記のとおり増改築が竣工し、木造亜鉛鉄板葺平家建外部モルタル塗、内部木毛コンクリート張り、北側三箇の窓にはガラス戸の外側に更に板戸が設置された新作業場建坪三十坪を備えた増改築後の建物が完成したこと、右完成に先ち同年六月十七日県係員は市建築課員二名と共に旧建物に赴き、訴外間宮国造に対し増改築計画の施行に必要な諸注意を与え、施行の具体的日程を明かにさせると共に前記陳情者の代表者として原告等を右建物に招いて騒音防止計画の内容を説明して一応の了解を得たこと、同年九月二十二日訴外間宮国造から県に対し、右増改築による防音設備の完成の通知があり、同年十月一日県係員は県庁において訴外間宮国造及び原告等から施行後の騒音の状況につき事情を聴取し原告は訴外間宮国造に対し右新作業場の扉の開閉に注意し之を開放した侭作業しないよう希望意見を述べ、ここに本件騒音については公害問題として一応解決したことになつたことしかるに同年十一月七日原告は県庁において述べた右希望意見が十分に履行されていないことを不満として県経済部商工課長宛に、更に同年十二月五日に県商工部長宛に陳情もしくは要望をなし、同年十二月二十六日県係員は県庁に訴外間宮国造及び原告を招いて実情を聴取し、協議の結果原告から大戸にくぐり戸を附けて騒音を防止する意見が出されたこと、昭和二十九年四月頃県商工部工務課保安係長訴外伊藤知行、保安係員訴外剣持菊夫、工務課長訴外某、訴外間宮国造及び原告等が県商工部長室に集り交渉の末騒音作業は前記新作業場において之をなすこと等の話合ができたこと、同年七月二十日原告は外五名と共に県知事宛に増改築建物中旧建物の残存部分において鈑金作業を行うため、依然騒音が発生するので同作業所を撤去せしめられたい旨の陳情をなしたこと、訴外伊藤知行は何回となく訴外間宮国造に注意し、同年九月増改築後の建物と原告方建物との間の境界線上に高さ約一間半、長さ約十四間のコンクリート塀が設けられるに至つたこと、その後も原告及び原告代理人等から公害条例発動の申請及び騒音防止に関する要望等があり、県においては種々調査検討及び関係者との交渉をなし昭和三十一年十一月十二日付訴外間宮国造及び同末吉工業所から鶴見区市場町八百九十一番地所在の訴外横浜工業株式会社から同会社の工場建坪百坪を買取り、之を第二工場として使用し、ここにおいて歪みとり作業等高音騒音作業を行い、増改築後の建物においては騒音の発生しない小物作業を実施する予定であり、同年七月より右工場の操業を開始する、また昭和三十二年三、四月頃迄には矢向町千百五十一番地に全面的に工場を移転する計画である旨の回答を得たことを夫々認めることができ原告本人の尋問の結果中右認定と異る部分は措信できないし、他には右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、建築基準法は建築物の敷地、構造設備及び用途に関する規制をなし、以て国民の生命、健康及び財産の保護を図る等公共の福祉増進に資することを目的とするものであり、建築基準法第四十八条第四十九条第一項の「住居地域」においてはその地域内の建築物の構造用途その他を規制し、特に住居の安寧を維持することが期待されていることは明かであるから、右住居地域においては他の用途地域に比してより多く住居の静穏が保護されるべきものであり、かくして維持される住居の静穏は附近住民が右各法によつて保護されるべき法的利益と解すべきものであるから、第三者がかような地域内において住居の静穏を妨害する行為を為した場合にはその者は之により被害を受けたものに対し私法上損害賠償の責任を負担すべきことはいうまでもないし、又、所轄行政庁は前記各法条違背の事実を発見した場合には右違背是正の為必要なる措置をとるべき職務上の義務を有するものであり、国家賠償法第一条の公務員の公権力の行使としての職務上の行為の中には作為のみならず不作為もまた包含されるものと解すべきであるから、公務員が違法事実是正の為特定の措置を為すべき職務上の義務を有する場合において、該措置を為さず又は之を遅滞し之が為他人に損害を加えたときはその所属の国又は公共団体はその被害者に対し、損害を賠償する責に任ずべきものと解すべきところ、前記所轄行政庁の義務はその所属の国又は公共団体に対し負担するものに過ぎないのみならず、直接に住居の静穏の維持そのものを目的とするものではなく、静穏維持の目的を以て定められた建築その他の規制の確保にあると解すべきであり、しかも、住居地域内における騒音が建築物の構造、設備又は用途が建築基準法に違反することに基くとされる場合においても、元来、かような騒音の発生そのものは、当該建物の使用者の行為によるものであるから所轄行政庁が違反建築に対する是正措置を懈怠又は遅滞することに基く不法行為が成立する為には右懈怠又は遅滞と騒音の発生行為とが共同又は従属の関係にあることを要し、かような関係があるというためには、右懈怠又は遅滞と騒音との間に客観的に原因結果の関係があることのほか、主観的に所轄行政庁において右騒音を認識しつつ故ら之と共同し、又は少くとも之を容認する意思を以て、或は之等に準ずる過失に基き懈怠又は遅滞したことを要するものと解すべきである。しかも、所轄行政庁において建築基準法違反の事実の存否及び違反事実に対して如何なる是正措置をとるべきかの判断は一面において法規に覊束され所轄行政庁の自由裁量の範囲外にあるものとしても他面その具体的措置については当該行政目的の円滑な遂行を図るため所轄行政庁の裁量に任されているものと解すべきであるから、所轄行政庁が右各法令違反の事実を知りながら職務上の義務に違背してその是正の為要求せられる措置を為さず又は之を遅滞したというためには、先ず騒音の直接且つ具体的原因となつている右各法令違反事実につき之を排除防止しうる各法令所定の是正措置をとりうべき場合に、右係員が右違反事実を知りながら何等右措置をとらず、もしくは全く実効性なき措置をとつたのに止まり爾後の措置を怠り、その他その権限の不行使が右裁量権の範囲を逸脱し社会観念上妥当を欠くと認められる場合であることを要するものといわなければならない。

本件において、前記認定事実によれば所轄行政庁において、当時原告主張の騒音の発生事実を認識していたことは明かであるというほかはないけれども、右騒音の発生が建築基準法違反に基くものであるか否かは暫くおき、右行政庁において故ら、訴外間宮国造及び同末吉工業所と共同し又は右騒音を容認する意図を以て或は之等に準ずる過失に基き前記騒音に関連する建築基準法上の措置を懈怠し又は遅滞したものということはできない。

原告は旧建物はその構造、強度につき旧市街地建築物法に著しく違反するところ、市建築係員は同法第十七条第三号に基く除却改築、修繕、使用禁止、使用停止その他の必要措置を命ずるよう職務を遂行すべきであるのに之をしなかつた旨主張するけれども、同法第十七条所定の行政官庁とは本件にあつては、同法第七条但書、同法施行令第一条第十号、第十条、第十四条但書、第三十条第一項第一号、同法施行規則第三条ノ八、第四条、第百四十三条第五号、第百四十四条ノ二、神奈川県令市街地建築物法施行細則第四条、第五条、同条ノ二、第十三ないし第十五条、第二十七及び第二十八条等の諸規定を総合して検討すれば地方長官たる神奈川県知事をいうことは明かであるところ、建築基準法第三条第二項同法附則第六項及び第二項によれば同法施行前に建築された建築物につき右施行前より存する市街地建築物法違反事実に対しては同法第十七条に相当する建築基準法第九条の適用はなく、なお市街地建築物法第十七条の適用をみるものと解すべきであるが、右規定の是正措置を同法上の行政官庁とその構成において必ずしも一致しない建築基準法第二条第十九号所定の特定行政庁が之を命ずることは権限の委任等特段の事情がない限りできないものと解するのが相当である(建築基準法第四条により市町村が県知事との協議を経て建築主事を置くことによつて当該市町村長が特定行政庁となることを以て当然に県知事が市町村長に対し市街地建築物法第十七条の行政官庁たる権限を委任したものと解することができないことは同様に規定されている東京都((府))にあつては右権限は市街地建築物法施行規則附則第百五十条により警視総監が之を行使すべきものと解しえられるところ、建築基準法には右建築主事を置くことについて警視総監との協議につきなんら規定されていないことに徴しても明かである。)

そして前出丙第二号証及び丙第三号証中の弁明書によれば、横浜市が右特定行政庁であることは明かであるけれども、神奈川県知事から横浜市長に対し右是正措置を命じうる権限の委任等につき主張立証なき本件においては、仮に市建築係員においてその必要措置を命ずるよう職務を遂行しなかつたとしても、その権限不行使と本件騒音との間には因果関係がないものというべきである。しかも本件騒音の排除防止という観点から旧建物の旧市街地建築物法違反を問題とする場合には、旧建物の使用方法が右法に適合するか否かの問題として考察すべきものであるから、旧建物の構造、強度における違反を理由に旧建物自体の除却、改築、修繕、使用禁止、使用停止等の措置を求めうべき限りでないし、その使用方法に対しては後記認定のとおり社会観念上著しく妥当を欠くものでないと認むべき措置がとられているものであるから、その余の点につき判断するまでもなくこの点の主張は理由がない。

次に、原告は訴外間宮国造及び同末吉工業所が旧建物及び増改築後の建物の新作業場内においてアセチレンガス発生器及び原動機を使用する研磨機による乾燥研磨を行つたことは建築基準法(前記改正前)別紙第一(い)三の(一)及び(三)に違反するところ、市建築係員は右違反事実を知悉しながら故意に之を放置し、昭和二十九年十一月十日横浜市長平沼亮三名義を以て前記アセチレンガス発生器につきその使用禁止の仮命令を発したのに止まり、なんら爾後の措置を講じない旨主張する。そして横浜市長から訴外間宮国造に対し、昭和二十九年十一月十日アセチレンガス発生器の使用禁止の仮命令が発せられたことは当事者間に争がなく、また前出丙第三号証中の弁明書、証人風間敬次、同和田誠次及び同野口幸蔵(一、三回)の各証言並に原告本人の尋問の結果を総合すれば、原告は昭和二十八年一月頃訴外和田誠次に依頼して、また昭和二十九年四月頃には単独で、更に同年六月には近隣の者と共に口頭もしくは書面を以て横浜市長に本件騒音につき善処方もしくは建築基準法違反に対する是正措置をとること等を求める旨の陳情をなし、更に同年八月にも同様趣旨の陳情をなしたこと、これらに対し市建築課指導係長訴外野口幸蔵は、同年九月現場に調査に赴き、その頃訴外間宮国造に対し口頭でアセチレンガス発生器の容量を適法にすること及び研磨機は之を湿式に切り換えること等を指示したところ、これに対し訴外間宮国造は旧建物においてはその取得以前に製罐事業のためにアセチレンガス発生器を使用した事実がある旨を主張し、その証拠書類を提出したので、一応建築基準法(前記改正前)第三条第二項所定の既存建築物として同法適用除外の対象と認めうるものとして昭和二十九年十一月十日上司の決裁を経て訴外間宮国造に対し建築基準法第九条に基く前記仮命令書を交付したこと、またその頃訴外間宮国造から移動用乾燥研磨機は之を湿式に切り換える旨の話があつたこと、その後訴外野口幸蔵その他の市建築係員は現地に赴いて調査し、度々右命令の履行を催促し、熔解アセチレンガスに切り換えるよう勧告した結果、同年十二月二十八日調査の際には前記アセチレンガス発生器の大きさを二分の一位に縮少し、熔解アセチレンガスと併用していたが、昭和三十一年六月調査の際には全く熔解アセチレンガスに切り換えていたこと、しかし乾燥研磨機については前記指示の後もなお使用していたので現場調査の際之を注意し、また市においても当該研磨機が建築基準法の禁止する乾燥研磨機に該当するかどうかの点につき疑いがあつたところから、建設省等に照会し、その結果昭和三十年四月頃之を該当の乾燥研磨機とする旨の指示があつたので、その翌日右研磨機の使用禁止を通知したこと、昭和三十一年六月の調査の際には研磨機は撤去されて一台のみとなり、之をも撤去するように指示し、同年八月二十三日調査のときには残る右一台も撤去され、原告も同行して之を確認したことを認めることができ、他には右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして以上の認定の事実のもとにおいては市の建築係員において故意又は過失により、違法に権限を行使しなかつたものということはできない(なお本件騒音は前記のとおり主に鉄板の槌打及び研磨の作業から発生するものであつてアセチレンガス発生器自体もしくは右ガスを使用する熔接自体から著しい騒音が発生することについては之を認めるに足りる証拠がないのでこの点の違法をいうのは当らない)。

又原告は訴外末吉工業所は旧建物において金属厚板のびよう打または孔埋作業をもなしていた旨主張するけれども、原告本人尋問の結果中右主張に添う部分は前出甲第十四号証の一、二、第十八号証に照らしてたやすく措信することができないし、他には右事実を認めるに足りる証拠はない。

又原告は旧建物の前記増改築は建築基準法施行令第百三十条(前記改正前)に違反するところ、市の建築係員が之を認容し、また旧建物の残存部分と右増改築部分との間になんら閉鎖工事を施行せしめなかつたことは違法である旨主張するけれども、右増改築は前記認定のとおり本件騒音を防止するために企画され、遂行されたものであるのみならず、仮に原告主張のとおり右増改築そのものが建築基準法施行令に違反するとしても右増改築そのものは本件騒音の防止の手段として不適当だつたというに止まり、その発生との間には相当因果関係がないものといわざるを得ない。またその主張の閉鎖工事については之を命ずべき建築基準法上の規定を欠くので結局この点の主張も理由がない。

又原告は訴外間宮国造及び同末吉工業所は昭和二十七年一月九日旧建物に動力線を引込み、二十馬力電動機を新設した旨主張するけれども、前認定のとおり旧建物には二キロワツトの動力線が引かれ、総計二馬力までの電動機が使用されたことを認めることができるのであつて、その主張の二十馬力電動機使用の事実は之を認めるに足りる証拠がないし、仮に総計二馬力までの電動機の使用が建築基準法に違反するものとしても、之が本件騒音の音源であると認めるに足りる証拠がない。

また原告は訴外間宮国造及び同末吉工業所は昭和三十一年五月頃増築後の建物の附近に二十七坪の工場を新築し、同月十二日には佐々木三郎名義で右新築工場に動力線を引き込んで五馬力内外の電動機を使用し、同じ頃以降隣接の佐々木自動車整備工場のバラツク約四十五坪を作業場として使用した旨主張するけれども、原告本人尋問の結果中右主張に添う部分は証人野口幸蔵(一回)の証言に照してたやすく措信することができないし、他には右主張事実を認むべき証拠がない。

更に原告は右訴外人等は昭和三十一年六月二十日訴外佐々木三郎名義のもとに九坪の工場に動力線を引き込んだ旨主張するけれども、証人野口幸蔵の証言(一回)によれば、市建築課指導係長訴外野口幸蔵が昭和三十一年七月末頃調査したところ、訴外末吉工業所において隣接工場のうち九坪の建物の半分を使用している事実を発見したので上司の決裁を経て同年八月二十八日右使用は無届の増築に当るという見解のもとに直ちに除外もしくは使用を禁止する旨の建築基準法第九条第二項に基く通知書を発し、同年九月一日同条第一項による命令書を交付し、訴外末吉工業所は同年十月末頃には全く増築後の建物の使用をやめたことを認めることができ、原告本人の尋問の結果中右認定に反する部分は措信できないし、他には右認定を覆えすに足りる証拠がない。そして以上認定の事実によれば右九坪の工場使用の違反事実につき市の建築係員において違法な権限不行使の事実はないものというべきである。

したがつて、原告の本訴請求はその余の点につき判断を為すまでもなく理由のないことが明かであるから、之を棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巌 鈴木健嗣朗 三和田大士)

別紙

訴外間官国及び同有限会社末吉工業所の本件工場並に原告方建物附近略図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例